物件の売買契約で融資利用特約が付されていなかった話

不動産を購入するにあたって、融資を利用する場合がほとんどかと思いますが、その場合には大体融資特約付で契約がなされます。

しかし、融資利用の特約がない場合はローンを申し込む際に契約済みの売買契約書を金融機関に提出しなければならないため、融資申込よりも先に売買契約を締結することになります。

今回は、融資特約が付されていなかったというトラブルについて、実際の判例も交えながらご紹介していいきたいと思います。

融資利用特約がないとどうなるのか

売買契約前の事前審査・内諾を得ていたとしても、正式に融資を受けられるかどうかは申し込み後でなければ分かりません。

融資利用特約を付けていない場合、ローン申し込み後、融資を受けられなくなってしまっても売買代金をどこからか調達しなければならなくなってしまうことになります。

逆に融資利用特約を付けていれば、融資を受けられなくなってしまっても売買契約を解除することができ、契約締結の際に支払った手付金の返還も受けられます。

買主にとって、融資利用特約は売買契約における重要な要素であり、判例では不動産媒介業者は買主に対して説明・助言を行う必要があるものとされています。

そのため、これらの説明・助言を怠った媒介業者に債務不履行責任による損害賠償が認められる場合もあります。

融資利用特約を付さなかったときの判例

実際の売買契約に当たっても、万一融資が下りなかった場合に備えて融資利用特約を付けておくことが重要ですが、万一融資利用特約を付さない契約を結んでいた場合、どんな場合でも媒介業者に説明義務違反として損害賠償を請求できるのか、判例を見ていきましょう。

東京地方裁判所判例(平成25年10月22日)

事案

高齢の買主(原告)が賃貸マンションの売買契約(融資利用特約なし)を締結した後、金融機関から融資を拒絶されたため、その後売買契約を融資利用特約付の契約として改めて締結するよう求めたことに対し、媒介業者(被告)が応じなかったという事案。

買主は、下記を主張し、売買契約の不成立または無効を求めて訴えを提起しました。

  1. 融資利用特約が付されていないことについて錯誤があったこと
  2. 売買契約当時認知機能障害により意思無能力状態であったこと
  3. 媒介業者が融資利用特約の説明を十分に行わなかったこと

また、買主は東証売買契約締結時に「融資が受けられなくても手持ち資金で購入する」と述べており、買主は当初売買契約締結時に軽度の認知機能障害であったと認定されています。

判決内容

裁判所は、(1)、(2)について、買主は自ら訪れて不動産購入を申し込み、また銀行と融資交渉をしており、媒介業者から説明を受けた上で資金計画書、不動産購入申込書、売買契約書等に署名押印し本件契約を成立させていることから、年齢及び軽度の認知機能障害による判断能力の若干の低下は認められるが意思無能力とまでは言えず、またこれらの判断能力の減退に応じて媒介業者が売買契約を締結させたとは認められないとして、売買契約の不成立や無効は認められませんでした。

また、(3)について、買主が融資を受けられなかった場合でも手持ち資金で購入する旨述べ、融資利用予定なしと購入申込書に署名押印をして媒介業者に提出していること、2度にわたって融資利用特約がないことの説明を受けていることから、媒介業者の説明義務違反も否定されました。

判例からみる融資利用特約無しの注意点

本件は買主の資金契約及び融資利用の必要性について書面での確認を行い、重要事項説明書や売買契約書に融資利用特約の利用がないことを記載し、さらに読み合わせによって買主・媒介業者間の意思を確認していることから融資利用特約なしの契約を締結したことについて媒介業者の責任はないとされた事案です。

この判例を、今後不動産投資を行う立場から見ると、融資利用特約なしの契約を締結することについて媒介業者に責任を問えなくなるのは以下のような場合になると考えられます。尚、媒介業者が責任を果たしたことの立証責任は、通常は媒介業者側が負います。

(1)融資利用特約がないことが明記されている契約書類に署名押印したとき
この場合、証拠もしっかりと残っており、社会通念上ほぼ媒介業者に責任を問えなくなると考えられる。

(2)融資利用特約がないことについて媒介業者から書面による説明を十分に受けたとき
この場合は媒介業者側の立証が難しくなる場合もあるが、通常は説明を受けたことについて署名等を求められるので(1)と同様です。

(3)売買契約締結時に自分が融資利用特約なしで構わないと意思表示したとき
この点は問題ですが、買主の意思表示であれば口頭によるものもある場合もあるので、媒介業者側が責任を十分に果たしたと立証できるかできないかはケースバイケースといえます。

ただし、媒介業者は不動産取引のプロであり、こういったトラブルに関する事例の蓄積や対策も十分できているのが普通です。そのため取引の現場では多くの場合、契約締結時以外でもこういった重要事項に関する買主の意思表示の時には署名等を求められるのがほとんどですので、(1)~(3)までのほとんどの場合で媒介業者の責任を問えないということになります。

まとめ

これまで見てきたように、一度融資利用特約が付されていない売買契約を結んでしまった場合、媒介業者の責任を問うことはかなり難しいと考えられます。そのため、ローンを併用した不動産購入を行う場合、売買契約締結時までに融資利用特約の有無について十分に注意しておきましょう。